<序>



音がする。
ざわざわという音が。


鼓膜をくすぐる振動。
これは梢の音か、波の音か。

いや――

どちらでもあり、また違う。

これは、あの草海原の音。
そして彼の地に消えた者達の声。
遠く離れたこの島国で、聞くはずのないものだ。


ざわざわざわ。


聞こえる。この山が聞かせているのか。

そうか、こいつだ。
こいつが聴く音を、俺も聞いている。
俺が聞いてきた声を、こいつもまた聴いているのだ。

このまま放って置けば確実に死ぬ。
そんなことも知らずに。


ざわざわざわ。


消えかける音に気づいたか?
最期まで何も知らずに眠ればいい。
自分がただの、世界の付け札でしかないことを。
囮にしか過ぎない存在意義を。
生まれては消えていった、これまでの者達と同様に。


ざわざわざわ。


安心しろ。
今は、お前を死なせはしない。
生きてもらわなければ困るのだ。
俺達の為に。


ざわざわざわ。


いや、待て。

俺とこいつは同じ音を聞いている。

俺もこいつも、本当は消耗品でしかない。

相対するものであるにしろ。


何も違わない、同じものじゃないのか。


血臭漂う空気に俺は酔い、真の己の覚醒に嗤った。

その瞬間、



世界は暗転した。




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