![]() | ||
<茫蕭の禍>後世の書によると―― 東大陸、その北端に位置する小国『 正確にはその時、既に『茫蕭』という国は存在しなかった。それは遡ること五年前に、砂の城が波にさらわれるがごとく、忽然と滅亡した国であった。元来僻地ゆえに他国から見向きもされず、伝播する情報も少ない国であったため、滅亡の原因は依然不明のままである。かつて草原だった土地は無惨な焦土と化していたと、封印∴ネ前に大陸から渡ってきた密入国者の語るところから、内紛や天災の可能性も考えられた。だが、それならば一国全てが焦土と化すような非常事態を、隣国の『 そして守慶三十二年、一月二十五日。前触れもなく海上にあの黒影が現れた。 当時の『昇陽』は、その前年に東大陸から到来した凶悪な野盗集団に悩まされており、大陸に面した沿岸地帯では、渡来人の侵入を拒む厳重な警戒がなされていた。最初に化け物と対峙したのも、その任に就いていた武士達だったが、彼等は都である『央都』に第一報を伝えることしか役目を果たせなかった。 人間が相手であったならば、『昇陽』の武士は一対一の闘いにおいて、大国『天』の将に引けを取らない武芸を誇っている。 だが、 鉄忌――鋼鉄の獣。顎を動かせば刀を砕き、矢を受ければ そんな最中、偶然にも化け物の骸が手に入った。『央都』の帝に献上されたそれは、一人の武士が運良く落石に巻き込み仕留めたものだった。すぐに『昇陽』最高にして唯一の術師である左大臣と、大陸の知識に明るい右大臣とで骸が調べられ、化け物の外見的特徴が『茫蕭』の生物と酷似していると判明した。 そして内部に刻まれた、『昇陽』の何者かに宛てた一つの言葉。 必ズ引キズリ出ス この宣戦布告に当然、朝廷は混乱した。『茫蕭』と『昇陽』が関係を持ったことは、良い意味でも悪い意味でも一度もなかった。攻められる理由が思い当たらない。首を捻っている間にも、敵はじわじわと『央都』を包囲しつつあった。 そして、襲撃から九日目。 敵は『央都』最後の防衛線、三方の山々直前にまで迫り、幾千年もの間、磐石(ばんじゃく)を維持してきた『昇陽』という国の命運は風前の灯となった。 白昼の太陽の下、逃げ場を失い、それでもなお逃げようとしていた誰もが終わりを予感した、その時。 始めは揺さぶるような衝撃。 次に激しい閃光が空を焼いた。 『央都』の人々が我に返ると、辺りの様子は一変していた。 真昼は暗闇に。 空にあった太陽が二色の月に。 山の向こうは、黒々とした大海原。空と完全に溶け合った水平線の彼方には何もない。 『央都』を除く『昇陽』は全て消失していた。 『昇陽』だけではない、世界そのものが消えていた。 国の盾である左大臣は『茫蕭』の魔手から逃れるべく、最後の手段を取った。それは、『央都』の封印=\―別空間への隔離。 すなわち、正確には、『央都』こそが世界から消えたのだ。 しかし左大臣の力を持ってしても術の行使は完全とはいかず、『央都』にあったものは七割以上が消失し、そして、太陽はいつまで待っても昇らなかった。 その封印≠ゥら二十七年後にあたる現在。 常夜の『都』は、昂令二十七年の春を迎える。 前へ | 次へ | 目次へ |
||
Copyright (c) 2006−2010 Yaguruma Sho All rights reserved. / template by KKKing |